鬼灯姫(ほおずき)は珍しく、美しいものが好きだ。
海向うのギヤマンが好きだ。大陸の青磁が好きだ。
無駄なく完成された生物の形状が好きだ。
美しい網目模様の蛇の抜け殻、オオミズアオの翡翠の翅。戦場で亡くなった者の髑髏が砕けずに残っているのなど、思わずうっとりする。
同じくらい、歪んだもの・不合理なもの・未完成なものが好きだ。
欠けた茶碗。眼だけが異様に大きい蜻蛉の頭部。冬虫夏草の鬱々とした耽美が好きだ。
文献で見た人の胎児など、愛おしくてくらくらする。

生命の多様性と不可思議さは何百年見ても飽きることはない。
だからこそ、完成された異種族の間で芽生える歪な『愛』や『縁』には興味が尽きない。

それこそが、彼女が妖専門の相談屋をしている理由に他ならない。
もっとも、それを語ったところで共感はもとより理解されたことすらないのだが。
それは、彼女が華精ということも要因の一つである。

とかく、己以外の華精というのは潔癖がすぎるのだ。
確かに神木などが霊化したものが大半なので、性質としては神に近く、正しいものを尊しとする傾向があるのは認めよう。
だが、鬼灯姫とて言いたい。
なにを正しいとするかくらい自分で決めさせろ、と。
彼女が何を美しいと感じるかは自由だし、その感性に他人が後ろ指を指す理由などどこにもない。

――今のところ、この主張の方は幾人かの友人には認められている。




夜虹蝶奇譚 連作番外2―赤幻夢灯の華精―





「あら?」
己の同族でありながら鬼灯姫の主張を受け入れた、数少ない友人の姿を通りの中に認め、彼女は思わず声をあげた。
桃色の髪。白に近い薄紅の翅。鬼灯姫が密かにお気に入りの、深紅の双眸。
「あらららら〜?」
しかし、随分と小さい。最後に彼女と会った時は、もう少し樹齢(とし)に合った妙齢の女性の姿だったはずだが。好奇心と懐かしさに釣られ、鬼灯姫は音も無く友人へと近づく。
「桜ちゃん。どないしたん、その身体?」
声をかければ、目的の友人ではなく共にいた少女の方がびくりと肩をはねあげた。
「なっ…なっ?!」
驚愕に目を見開いて振り返る少女に、鬼灯姫は手を振る。
「ごめんやでぇ、こないな場所で声かけて」
彼女達が今いるのは、人の世の町中だ。それも両脇に店が並び、絶えず人の声が溢れている賑やかな通りである。妖や霊などは見えないように隠形して過ごしているのが普通だ。
ゆえに、鬼灯姫が名を呼んだ友人も『普通の人間』には見えない。
そんな状況で声をかけたのだ。少女が警戒するのは当然と言えるだろう。
だが、鬼灯姫は動じることもなく笑みを崩さぬまま少女に告げる。
「うち、あんたさんが連れてはる子の友達なん」
これには、すさかず訂正が入った。
「誰が友達よ! だいたい鬼灯姫、何っであんたがこんなとこにいんの?!」
声を尖らせるのは、少女の横を浮遊してた小さな『華精』だ。
――華精。
樹木や花々が人格を持った、いわば植物の付喪神である。
この友人は、鬼灯の知る華精の中でもとびきり長い時を経た桜の大木が化けたものだ。そのはずなのだが――。
「あんたこそ、どうしたん? 何で、そないに貧相な身体になってるん」
薄桃色の髪と深紅の瞳は変わらぬが、その体長は大人の掌ほどしかない。彼女の姿をまじまじと見、鬼灯姫は溜息をついた。これでは、まるで生まれたての幼木だ。
「ひっ…貧相ですってぇ?! そういうあんただって、何で人間の恰好なんてしてるのよ?!」
「うちはこれから商売道具の買い出し行くんや。それなりの恰好していくのは礼儀やあらへん?」
今の鬼灯姫は、黒髪を見事に結い上げ、鬼灯を染め抜いた着物を着ている町娘の姿だ。
だが、本来なら彼女の髪は緋色だし瞳は鮮やかな黄緑でもある。しかし、その恰好では目立ってしまう。
隠形ではなく、あえて人間の姿に化けているのにも、それなりの理由があるのだ。
人の作り出すものは美しい。特にその細工の精緻さ、見事さには人に化けてまで手に入れる価値があろうというものであろう。
「ところで、そっちのお嬢ちゃんはもしかして黒月のとこの娘さん?」
傍らでなりゆきを見守っていた少女に話を振ると、少女は硬い顔で頷いた。
黒月というのは、彼女の友人が仕えていた退魔の家だ。つい一年ほど前、何者かに滅ぼされたと聞いたが生き残っていたとは。
彼女らの持つ霊気はひどく美しい。その輝きが失われなかったのは、純粋に喜ばしいことであろう。
鬼灯姫はゆったりと微笑んだ。
「まぁまぁ、大きなりはって。前に会った時はおぼこかってんけどなぁ。ほんに、人の成長って早いねぇ」
「はぁ…えっと、ありがとうございます」
覚えていない者特有の愛想笑いを浮かべる少女に、鬼灯姫は続ける。
「誰ぞ、ええ人は出来たん? あんたさんやったら、特例で相性とか縁とか視たるえ?」
「あはは、そうですねぇ…」
少女の笑いが変化した。愛想笑いと同じ上っ面だけの笑顔だが、その裏にドロリとした黒い感情が浮かび上がるのを、鬼灯姫は見逃さなかった。
「恋愛沙汰じゃないんですけど…見て欲しい縁の男ならいるんですよ」
少女の目は笑っていなかった。表情だけは笑みの形を取り繕っているが、瞳の奥に宿るのは憎悪の炎だ。
色恋沙汰よりも実にわかりやすい。
「仇でも見つけたん?」
少女は無言で頷いた。蜜のように滴る憎悪に目を細め、鬼灯姫は答えた。
「ええよ、特別に視てあげる。うちも、あんたさんのお父はんには世話になってん。こっちおいで」
「ちょ、待ちなさいよ! そんな嫌なもの視なくても良いでしょう? ね、十六夜も止めよう?」
友人が少女を止めている。だが、鬼灯姫にはわかっていた。少女の意思が覆らないことを。
「ごめんね、桜。私、今はどんなことでも手がかりが欲しいの」
「ええ目をしてはるねぇ。お父はんにそっくり」
くすくすと笑い、鬼灯姫は少女の手を誘うように引いた。人の流れから外れ、ちょっとした路地に入ると鬼灯姫は懐から細い針を取り出した。
その鋭さに表情を強張らせる少女の白い掌に、針先を押し当てる。
「ちょっと痛いけど、ええ?」
無言で首肯する少女に笑み、鬼灯姫は針を刺す。たちまち少女の白い手に赤い雫が浮かんだ。
「出来るだけでええから、その人の姿を詳細に思い浮かべてな」
痛みに顔をしかめる少女の耳元で囁き、大きさを増す血の珠をたたえた手を取る。逆の手で取りだしたのは、葉脈浮き上がる袋に入った鬼灯の真っ赤な果実。
「さぁさ、お立合い。みんなに教えてもらおうかしらね」
謡うように言って、一滴。少女の血を鬼灯に垂らす。普通なら表面を滑るだけの血は、葉脈を紅く染め上げ、妖しげな光を放った。
二滴、三滴。光は血を垂らすたびに強くなり、鬼灯姫と少女を紅く照らしだした。

「我が名、鬼灯の名において命ず。幻想の灯りのもと、花に草、木々よ。偽りなき一切の現世(うつしよ)を我が眼(まなこ)に映し出したまえ」

さわ、と風もないのに袋の中の鬼灯の実が揺れた。それを合図に、鬼灯姫は目を閉じる。
彼女の命に応え、呼びかけられた植物が一斉に情報を送ってくる。凄まじい情報の奔流に身を任せ、鬼灯姫は必要なものだけさらい出していく。

西の桜並木が出会いを教えてくれた。
海沿いの町の芙蓉が重ねた足取りを教えてくれた。
そして――手に持つ鬼灯が、別れを伝えた。

開いた鬼灯姫の瞳は本性を現した新緑色。微かな憂いを滲ませ、鬼灯姫は頬に手をあてた。
「…えらい難儀な縁やねえ、その人」
「え?」
余計なことを言ってくれるな、と睨んでくる友人を流し見、鬼灯姫はもう一度少女の顔をじっくりと視た。
この少女は二度、死んでいる。一度目は肉体が、二度目は魂が。
それが再び結ばれていた。彼女が仇と信じる男によって。
けれど、今の彼女に真実を伝えたところで壊れるだけであろう。何しろ、彼女は甦る代償に記憶を失っている。

記録なき記憶は、肉体を蝕むだけなのだから。

彼女の歪な宿命に、そそるものがないと言えば嘘になる。
だが、少女の横で睨みをきかせる桜の華精を敵に回すのは厄介だ。今は力が弱まっているとはいえ、相手は樹齢何百以上の神格に近い化物である。どんな奥の手があるとも知れぬ。
ゆえに、鬼灯姫は素知らぬ顔で目の前の少女に笑いかける。
「あんたさんの縁、複雑すぎてうちにはようわからんけど……その仇の人殺したらあかんと思うよ?」
「何を言って…!」
「殺したら、あんた絶対後悔すんで?」
鬼灯姫の忠告に、激昂しかけていた少女は言葉を飲み込んだ。心当たりでもあるのだろうか。小さな逡巡がその目に浮かんだ。
憎しみと、おそらくは自分でも理解できない躊躇いに揺れる表情。
美しい相貌に浮かぶひどく不安定で歪なそれは、鬼灯姫の心を満たすに十分なものであった。
「ま、言うてもただの占いやからね。決めるのはあんたさんやけど」
くすくすと笑い、鬼灯姫は踵を返す。
少女の決断とその先の運命に興味はあったが、今はまだ縁が動く時ではない。

だから、もしもまた次に会えれば、その時に聞くのだ。

「仇は討てたのか?」と。

収穫時期は、しばし後。楽しみはゆっくりと味わうのだ。無意識に、口中で紅い舌が踊る。
「楽しみやねぇ…」
くすくすと、誰に語るでもなく鬼灯の姫は笑う。その蜜を吸う時を夢見ながら。








ツイッターにて募集した『#いいねした人を自分の世界観でキャラ化する』タグより。
第2作目は、オンでもオフでも大変お世話になっているくーやさんをキャラ化したものになります。
なお、私がツイッターでお作りしたキャラさんは
『鬼灯の華精。燃えるような緋色の髪に、黄緑の瞳。橙色の翅を持つ。
縁結び、婚礼相談から縁切りに離婚の調停まで婚姻関係なら何でもござれの相談屋。ただし妖限定。
珍しいもの、綺麗な品や生物が大好きな収集家でもある。』
です。鬼灯をもじって名前つけようかなぁ…とか思いつつ、シンプルイズベスト―!ということで
鬼灯に姫をつけて無理矢理読みだけ「ほおずき」ということに。





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